日記

欲求について

昨日の続き(自分に対しての備忘録です)

どんな自分でありたいかを考える時、気を付けなければならないのは、そこに他人基準をいれないこと。

 

「お金持ちになりたい」は正直な欲求で、誰も少なからず持っていますよね。では、そのお金で何を買うのか?

服をたくさん買ったところで、自分の魂が満足できるのか幸せになることなのかというと違いますよね。服に限らず、物欲にはどこか「他人から見た自分」が入っているように思えます。または将来の不安のためにお金が必要、とかも自分の幸せのためではなく、それは保険ですよね(不要だとは言ってません)。自分がどうありたいかって、もっともっと根源的なものであって、例えば「何も食べていないから食べ物が欲しい」は根源的ですよね。目標にするには切羽詰まりすぎですけど。「物」を所有する価値についても、比べる何かがあって変わってくるもので、例えば、地球上に人類がいなかったら、それはもう意味がないものであって、人としての根源的な....。あ、いかん、話が広がりすぎる。

 

ま、備忘録としてのこのメモで言いたいのは、その欲求が本当に自分が幸せになるために必要なことなのか、ということを常に考えていようと思っているのです。そうじゃないとダメ!なんて厳格なものではなく、欲求の意味を自分でわかっていたいというか...、そうすれば無駄も減るし、自分自身の根源的な欲求を見失わずにいけるなと。

 

今のところ、私の欲求は「大金持ち」や「モテたい」とかではなく(笑)、全て「音楽」のありように向かっていて、それはとても根源的なものに感じられています。これが変わっていくことはたぶん無いでしょうし、このためにもっともっと無駄を省いていきたいなと思っております。

 

 

 

あ、↑これはダメな方の欲求ね(´・ω・`)

 

 

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