日記

ボヘミアンラプソディー

泣きました。久しぶりに。

いや、「ボヘミアンラプソディー」(クイーンの映画)観てきたのです。もうね、クイーン好きならまず泣いちゃう。いや、知らなくても。バンドで苦労してきた人となんかが観ると、まず泣いちゃいます。フレディーの人生と、慣れ親しんだクイーンの曲と歌詞が一体になって、「あーここであの曲来たら間違いなく泣くよなぁー。止めらんないだろーなー」などと、ぼんやり泣きながら見てる始末。ずるいよ、もー。ラストの20分くらいのライブの様子なんか、結末が見えているだけにもう切なくてねぇ~...(´;ω;`)

やっぱり、クイーンの音楽は好きだなぁ。多感な高校生の頃に聴いていたこともあって、ごめんなさい、リスナーとしての私にとってはジャズより全然近い位置にあります。

 

確か当時はベスト盤のレコードしか持っていなくて、よくそれを聴いていました。
ジャケットからごそごそと取り出した大きなレコード盤の上に、そ~っとレコード針を落としたものです。でもノイズがガサガサいっちゃう、不器用だから。レコード盤にスプレーして(あの匂い好きだったなぁ)、苦労してホコリをとったり、そこには、面倒くさい儀式があったんですよね。クイーンに限らず、好きな音楽に出会うための儀式。今さらそれこそが最高なんだなんてことを言いたいわけではないけど、でも、そこには確かに特別な時間がありました。手続きを経たからこその特別な時間。

 

映像もインターネットが普及するまでは見たことありませんでした。大好きだったロックな人たちの映像とかもほとんど見たことなくて、当時は好きなレコードのジャケットを何度も何度もジィ~っと見返しては、プレイヤー達の演奏している姿や人となりを想像していたものです。音楽までの距離が圧倒的に遠くて、コンサートというものもかなり特別なものでした。※あっ、全然関係ないけど楽器のプレイヤーやボーカリストなどに「アーティスト」って言葉を使うのがあまり好きではないのでなるべく使わないようにしてます。それは、何かもっと商業的な、お金の匂いをさせるために使うコトバだと感じているので。

 

今日の映画を観て、(内容とはちょっと別に)そんな懐かしい距離・面倒くささの事を思い出しました。そして自分が関わっていく音楽はいかにあるべきか、ものすごく考え始めました。影響されやすいので(笑)。なぜこれまで自分がその音楽に感動してきたのか、その理由の一端もほんの少しだけ垣間見た気がしてるんです。そして自分が進む道も、いや、進むことができる数少ない道も一応は見えてるつもりなのです。

 

さ、ぐだぐだ言ってないで、明日も朝練行こ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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